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『100日後に死ぬワニ』の電通プロモ炎上を考察した話

『100日後に死ぬワニ』が100日目を終えました。ただ、物語の当日にいろいろ炎上したらしく、今回はその話について思ったことを書いていこうと思います。

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そもそも『100日後に死ぬワニ』とは

昨年12月1日、漫画家のきくちゆうきさんがTwitter上で4コマ漫画を投稿。4コマの内容はワニくん(名前がないので便宜上ワニくんとします)がテレビを見て大爆笑しているだけ。しかし、ある種異様なのは、最後のコマの下に手書き文字で「死まであと99日」と書かれている、というものです。

Twitter上は騒然。『日常を大切にしなければならない気になった』『いつ死ぬかわからないから一生懸命生きよう』などはっとするコメントも多数。RT数、いいね数もともに1万を軽く超え、いたるところで話題に上りました。

きくちさんは『一日目』を皮切りに毎日休むことなく、午後7時にワニくんの日常4コマを投稿。一日目と同様に最後のコマの下には、ワニくんの死までの日数が書かれ徐々にカウントダウンされていきます。

 

『100日後に死ぬワニ』の神構成

『100日後に死ぬワニ』の個人的に感じた演出上の重要・は大きく分けて以下の二つです。

 ①主人公のワニには名前がなく、本当に平凡なキャラクターである

②100日間毎日書き続け、ショートカットをしない

 

一つずつ順にみていきます。

①主人公のワニには名前がなく、本当に平凡なキャラクターである

ワニくんには名前がありません。そして少し優しくて、心は臆病で、恋をして、デートに誘うのもドキドキし、嫌なことがあれば機嫌が悪くなり、友達がいて、ラーメンが好きで、バイトをしている、ゲームが好きな普通の青年として描かれます。

 

このキャラクターは絶妙です。読者がどんな人間であれ(実際はそうでなくとも)『あれは自分に似たキャラクターだ』『あれは俺の友達に似たやつがいる』と思わせるのには十分『普通』なのです。特にすごい能力もなく、聖人君子でもなく、悪人でもなく、淡々と日々をすごす私たちそのものなのです。こんなキャラクターを見たとき、ワニくんに対して渡したたちには『共感』が生まれ『自己を反映』させます。一方で、私たち読者に与えられている情報は、その「わたしたちの分身」が100日後に死ぬことだけです。100日後ではないかもしれませんが、私たちも生物である以上、いずれ死にます。『自分もいつか死ぬ』。現実感を伴わなくともその事実が突き付けられる瞬間は、この物語を追っている時(特にワニくんが幸せな時)、強烈に意識させられます。主人公を身近に感じさせつつ、読者の感情を上下に揺さぶる非常に有効なテクニックになっています。

 

 ②100日間毎日書き続け、ショートカットをしない

これはTwitter上で主に漫画家の方々が『100日休むことなく書き続ける精神力がすごい』と絶賛されていましたが、ここではちょっと意味合いが違います。100日書き続けるのは演出として必要だと思いました。

 

描きたいことを必要最低限の日数で終わらせるなら、もっと短縮できます。ワニくんの恋と友達とのふれあい、ワニくんの趣味に絞れば、おそらく30日くらいで済んだと思いますし、

実際に中盤で(ワニくんの恋話ではないところで)一時期RT数が伸び悩んだ時期があります。これは明らかに読者に飽きが来ています。一方で、この飽きや100日だらだら続けるというのが実は演出上、ものすごく意味のあることではないか、というのが私見です。

 

作者のきくちさんはほぼ毎日、午後7時に漫画を投稿していました。これは言い方を変えれば『毎日午後7時になれば、その日のワニくんの様子が見られる』ということです。100日、毎日少し親近感が沸くキャラクターを見続けることで、私たちはワニくんをすごくよく知っている人物としてとらえ始めます。土日関係なく100日会うということは4月に入社した新入社員と8月くらいまで会っているくらいの日数感です。これによってワニくんが持つ元々のキャラクター性にくわえ、読者側にワニくんへの親近感をさらに持たせることに成功。4コマに深みが出ているように思われます。

 

 

『100日後に死ぬワニ』のプロモーションはなぜ炎上したか

物語の演出・構成で抜群のセンスを発揮した『100日後に死ぬワニ』。

 

ところがここにきて、炎上案件となっています。広告代理店の雄、電通が絡んでおり、相次ぐ宣伝やキャンペーン・映画化や書籍化・いきものがかり を迎えたPVなどが次々投下。一部ファンからは結局金だったのか、なんか白けた、と散々な言われようです。なぜこうなってしまったのか、個人的には作者というよりもプロモーション側の大チョンボのような気がしますが、言語化してみようと思います。

 

①プロモーションのタイミングが最悪すぎて読者を白けさせた

これは完全にプロモーションサイドのミス(実は一概にミスと言い切ることもできないのですが)かと思います。上述したように、この物語のミソは『100日後に死ぬ』キャラクターが自分の分身や、友達と感じられるところにあります。『死の当日』、きくちさんはこの日だけ少し時間を遅らせて最終回を投下。ワニくんは桜の下で死んでしまう綺麗なエンドをむかえました。

 

さて、想像してみてください。自分の友人や大切な人が死んでしまったとき(病院でも、不慮の事故でも構いません)。喪失感を抱え、言いようのない感情で言葉に詰まって、まだ心の整理がついていないその時です。突然、見知らぬ人たちがどかどかと皆さんの前に現れ、こういいます。

 

彼が死んだことを記念して、彼の物語を映画化、キャラグッズ化します!』

 

本当に最悪です。っていうかサイコパスの所業です。地の底で反省してほしい。

 

それまできくちさんが、丹念に100日間かけて作り上げてきた「ワニくんへの共感」が大きいだけに、ワニくんの死の余韻をぶっ壊された読者は本当に胸糞だったと思います。

 

漫画・テレビ・アニメ・映画、視覚で楽しむ映像メディアは

 

『感情のメディア』

 

とも呼ばれます。要は視聴者・読者の感情に寄り添わなければ、なかなか良い評価は得られないということです。おそらくですが、この話は視聴覚メディアに携わる人間であれば、新卒から半年で、まず間違いなく先輩社員から叩き込まれます。

 

今回残念ながら電通さんは見えている地雷と言っても過言ではないレベルで、読者の感情を逆なでする最悪のキャンペーンに出てしまったと言わざるを得ません。

 

②『言わぬが華』を思いきり壊してしまったPV

『100日後に死ぬワニ』の良かった点の一つとして、毎回最後のコマ下の『死まであと〇日』の文字以外にワニくんが死ぬ予兆が全く見えないことにあったと思います。

 

一方で読者の感想には『一日を無為に過ごさないようにしよう』とか『親と早く仲直りしなくちゃ』など生きることに対する、ポジティブな感想が目立ちました。

でも、きくちさんはインタビューでそういった発言をしていることはあっても、作中の中で押しつけがましく、生きることについて一切キャラクターに発言させませんでした。

 

それは日常を生きるワニくんたちにとって、そうした発言をさせることは不自然(=物語の完成度のアップ)だからかと思いますが、こうした不自然の排除があったからこそ『生きることの大切さの再認識』が読者の間で進んでいったのではないかとも思います。

 

ところが読んで感じてくれればそれで良かったことを、わざわざ説教くさくPVにして伝えることで何かすごくワニくんの物語が嘘くさくなってしまったように感じます。悪く言えば「ワニくんの人生が日常の中である日突然終わってしまった」から「ワニくんは感動説話のために作為的に殺されてしまった」へ印象が変わる危険性があるPVだと思いました。

 

ただ、こうしたメッセージ性は多くの物語に内包されていることも多いように思います。

比較対象として適切かはわかりませんが、こうしたメッセージを上手に伝えることに成功した直近の作品として、こちら新海誠監督『天気の子』を挙げようと思います。

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『天気の子』のメッセージは

 

「子どもが大人がなんとかすべき世界の問題の責任を取る必要はない」

 

ということかと思いますが、作中ではあくまでそこだけにスポットを当てるのではなく、主人公をめぐるボーイミーツガールが物語の主軸になっています。賛否両論ある作品ですが、物語自体の進行・メッセージ性・エンタメ(と監督の趣味)の両立という点ではめちゃくちゃバランスの取れた作品です。この機会にぜひ。

 

 

『100日後に死ぬワニ』のプロモーションについていろいろ思うこと

さて、それでは最後にプロモーション戦略として、めちゃくちゃミスった電通ですが、フォローできる点はないのかということを書こうと思います。テーマは以下二つ。

①他のプロモーションタイミングはなかったのか?

②一日目から電通はかかわっていた『ほぼステマ漫画』だったのか?

 

①ほかのプロモーションタイミングはなかったのか?

ここまでケチョンケチョンにプロモタイミングをdisってきましたが、じゃあどうすんのよという話をされると実は困ってしまうのも事実です。『100日目』は21日22時現在、 75.7万RT 214万いいねを記録しています。この最もバズっているタイミングでプロモーションするのは、商業的(論理的)には明らかに正解です。おそらくある程度反感を買うことは覚悟の上で、最も宣伝になるタイミングを選択したというのが本音だと思います。ただ、やるにしても全てのキャンペーンを同時に出すのはやりすぎなので、二つくらいに絞ったほうが反感が少なかった気もします。

再度宣言しますが、視聴覚メディアで論理を優先させると大概破綻するか数字が悪い結末に終わることが多いと思っているため、論理的に正しくても感情的には完全に悪手なのは間違いないかと思います。

 

②一日目から電通はかかわっていた『ほぼステマ漫画』だったのか?

これはおそらく違うのではないかと思います。あくまで推測ですが、早くて10日目くらいで便乗企画として立ち上がった可能性が高いのではないでしょうか。1日目から企画として存在したと仮定して、どんな企画書を書けばいいのか私にはさっぱりわかりません(もしかしたら超有能な方が企画書を作ったのかもしれませんが)。「100日後にワニが死ぬ漫画を、Twitterに挙げればバズるので、100日目に合わせてグッズ展開しましょう」って正直通す側としては泥船すぎます。それよりも、こんな作品がTwitterにあがっているのだがものすごい数のRTが付いていて、絶対キャンペーンとして成功します、の方が筋が通っている気がしますが、あくまで推測です。

 

さいごになりますが、『100日後に死ぬワニ』、大変すばらしい作品だと思っています。

 

だからこそプロモが本当に余計なことをしたという思いが捨てられません。何度も言いますが、視聴覚メディアは感情のメディアです。プロモーションされる第三者におかれましては、データ数値ばかりに囚われず、情緒にも目を配って頂けると作者、読者みんなが幸せになれるかと思います。

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